進化分子工学
- EMEの研究技術と進化分子工学
- 核酸(DNA/RNA)やタンパク質といった生体高分子は、40億年にもわたる生物進化の過程で高度な機能を獲得してきました。現在では、実験者の意図する塩基配列を有するDNA/RNAの化学合成、またはアミノ酸配列を有するペプチドやタンパク質の合成が可能となっています。しかしながら、実験者の意図する機能を有する核酸やタンパク質の配列を一からデザインすること、つまり構造論的なアプローチでの分子デザインは未だに困難となっています。進化分子工学とは、実験室内で分子進化を高速に行うことで、目的の機能を有する新規機能性高分子を獲得する進化論的なアプローチのことを言います。 当社では、進化分子工学技術の一つであるcDNAディスプレイ法と独自のハイスループットスクリーニングプラットフォームを利用して、標的分子に対して特異的で高親和性(nMからそれ以下のオーダーのKD値)を示すVHH抗体や環状ペプチドを取得し、それらの医薬品応用研究開発等を行っています。
- cDNA ディスプレイ法開発までの歴史
- 当社は埼玉大学発スタートアップとして2016年8月に設立されました。1985年頃から埼玉大学では、伏見譲博士らによって進化分子工学(Evolutionary Molecular Engineering)の研究が進められてきました。 近年世界でも進化分子工学は注目されており、「ペプチドと抗体のファージディスプレイ法」を開発したGeorge P. Smith 博士が2018年度ノーベル化学賞を受賞しました。一方、伏見博士、当社代表取締役根本らによって無細胞翻訳系を用いたディスプレイ法であるin vitro virus (mRNAディスプレイ)法が、世界に先駆けて開発された歴史があります。しかし、mRNAディスプレイ法はファージディスプレイ法の約1万倍の効率を持つものの、安定性の面で難がありました。そこでmRNAディスプレイ方法の難点を解決した新たなcDNAディスプレイ法の開発が行われ、安定性の向上、質・量(=配列多様性)ともに既存のディスプレイ法を超える特徴を持つ遺伝子型-表現型分子対応付け技術が確立されました。
VHH / Peptide
- VHHとは
- アルパカ(Vicugna pacos)やリャマ(Lama glama)などのラクダ科動物の血液中には、2つの重鎖(H鎖)と軽鎖(L鎖)で構成されるIgG抗体(A)の他に、約20~40%の割合で重鎖のみで構成される抗体(重鎖抗体; HCAb)(B)が存在することが報告されています。重鎖抗体では軽鎖とのヘテロダイマーを形成しないため、重鎖定常領域のCH1ドメインが欠失しています。IgG抗体におけるVHーVL間の疎水性相互作用が無いために、通常は分子内に埋もれているアミノ酸残基が表面に露出しており、幾つかのポジションにおいて親水的なアミノ酸(ホールマークと呼ばれる)への置換が観察されます。重鎖抗体の可変領域がVHH (C)、またはシングルドメイン抗体と呼ばれています。その分子量は12-15 kDaで、IgG抗体(約150 kDa)、Fab 断片(約50 kDa)、一本鎖抗体scFv(約25 kDa)と比較して小さく、抗体工学技術を応用した医薬品への応用が期待されます。
- VHHは従来抗体とは異なる部位する(構造)を好んで結合する
- VHHのCDRが形成する抗原結合部位(パラトープ)の構造は、従来の抗体(IgG抗体)のそれより遥かに多様性に富むことがわかっています。従来の抗体は抗原の凸部に結合します。一方、VHHは窪みや隙間(割れ目)を好んで認識しますが、凸面にもまた平面に近い構造にも結合し、低分子をも認識できるとの報告がされています。
- バイオ医薬品開発におけるパラダイムシフト:
シングルドメイン抗体(VHH)の台頭 - 1980年代より、バイオテクノロジーを応用した遺伝子組換えタンパク質のインスリンやエリスロポエチンなどが医薬品として開発されました。その後、1987年に最初のヒト化抗体技術が発表されると、次世代バイオ医薬として抗体創薬が脚光を浴びました。1990年代からのゲノム創薬の進展とともに多くの標的分子に対する抗体の研究開発が進められ、2018年には抗体医薬品はバイオ医薬品市場の62%を占めるまで成長しました。今後も抗体医薬は革新的な技術やコンセプトに基づいた次世代の通常抗体が期待される一方で、通常抗体医薬品の限界も顕在化してきました。 一方、VHHは1993年にベルギーのブリュッセル自由大学のHamers教授によって発見されました(Hamers-Casterman, C., et al. 1993))。創薬に有利な多くの特徴を有しているものの、抗体医薬品が次世代バイオ医薬品として注目を集め始めた時期と重なり、大企業から注目されることはありませんでした。しかし、ベルギーでVHHの医薬品化を目指すバイオベンチャー企業が立ち上がり、低分子化抗体医品の一つとして研究開発がすすめられました。そして、VHH抗体医薬の第1号として、2018年FDAは後天性血栓性血小板減少性紫斑病(aTTP)を適応に抗von-Willebrand因子に対するVHHを承認しました。これに続くかのようにVHH抗体医薬が続々と臨床フェーズへ進みつつあり、VHHは次世代バイオ分子としてさらに注目を浴びています。
- 環状ペプチド/ペプチドアプタマー
- 当社では、ペプチド鎖内の一組のシステイン残基間で架橋剤を用いた環状構造を形成し、その間の領域に様々な鎖長のランダムなアミノ酸配列を有する環状ペプチド(cPep)ライブラリを用意しています。ペプチドライブラリの詳細はライブラリのページに記載しております。 また当社では、2つのシステイン残基間のジスルフィド結合、または化学架橋剤を用いてペプチドを環状化させるプロトコルを用い、作製するcDNAディスプレイライブラリの形成効率をはじめ、様々な条件を検討・鑑みて上記の環状化方法を採用しています。