EMEの土屋で御座います。今回のコラムでは、主席研究員の米原博士と進めてきたアゴニスト抗体の創薬についてお話しします。
アゴニスト抗体の創薬背景
アゴニスト抗体は、その開発過程で大きな反省があります。ご存知の方も少なくなりましたが、T細胞抗原CD28に結合するアゴニスト抗体TGN1412は、T細胞レセプターに対する抗原特異的な刺激がなくても、単独でT細胞を活性化することができます。英国で2006年に実施された第I相試験で、健康なボランティア被験者8人中、実薬を投与された6人全員で、重篤なサイトカイン・ストームが起こり、全員が多臓器不全に陥るという、所謂TGN1412事件が起こりました。事件後に、非臨床安全性試験の実施項目、第I相試験の準備段階、有害事象発生後の対応などが調査され、開発ベンチャー企業は倒産となりました。当時、私は中外製薬にて、血小板増多因子(TPO)の受容体に対するアゴニスト抗体の研究に取り組んでいました(Orita T., et al, Blood. 2005 Jan 15;105(2):562-6)。当時は、アゴニスト抗体という作用機序にアレルギーを示す方々も多く、向かい風を感じていました。一方、Dr. James P. AllisonはCTLA4-Igの臨床開発を着々と進めており、やがて顕著な臨床効果が認められて、がん治療法に新たにがん免疫チェックポイント阻害という概念を確立したことで、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞されました。この賞は、京都大学の本庶先生もPD-1阻害で同時受賞されましたので日本でも大きな話題を呼びました。受賞発表の時は、ちょうど米国アトランタにてAACR(米国がん研究学会)の総会が開催中であり、学会参加者が皆で祝福したことを昨日のように覚えています。
ところで、アゴニスト抗体の創薬は、ある種の先天性遺伝性疾患に革新的な治療法を提供できることを我々は知っています。TPO受容体アゴニストの研究を行っている過程で解ったのですが、生まれつきTPO受容体の構造遺伝子に突然変異が起こり、正常なTPOリガンドに反応できません。こうした変異受容体を持って生まれてくる小児疾患があることを知りました。この病気は、先天性無巨核球性血小板減少症(CAMT:congenital amegakaryocytic thrombocytopenia)と呼ばれ、巨核球の成熟に必須のTPOシグナルが入らず、生下時から重症の血小板減少を来たします。TPOシグナルは巨核球の成熟のみならず、造血幹細胞の維持にも必要であり、血小板減少から次第に造血不全へと進行します。このためCAMTは先天性骨髄不全症候群の一病型として分類されます。遺伝形式は常染色体劣性遺伝で、ホモ接合体(homozygote)または複合ヘテロ接合体(compound heterozygote)として発症します。今日までに確立されている唯一の根治的治療法は、同種造血幹細胞移植のみで、遺伝子治療の展開も治療法として期待できますが、未だに研究段階です。これら子供たちは生まれながら血小板欠乏症に悩んでいます。予後も良くはありません。そこで、変異受容体に結合するアゴニスト抗体の創薬技術は、天然リガンドに反応性が鈍い変異受容体に結合して、受容体のダイマー化による活性化を誘導できることを我々は証明し、論文で発表しています。つまり、アゴニスト抗体の創薬は、受容体変異の疾患に対してテーラー・メード的に個々の患者さんに対して治療薬を提供できます。こうした先天性疾患は他にもあります。我々は、VHH抗体の特徴は、アゴニスト抗体の創薬に向いていると期待しています。
EMEのアゴニスト抗体創薬
さて、EMEで現在取り組んでいるアゴニスト抗体による創薬を紹介しましょう。標的分子はFGF2の受容体に結合し、アゴニスト作用を発揮するVHHダイマーです。天然型のFGF2リガンドは、再生医療における細胞の培養・維持に重要な因子なのですが、その構造安定性は極めて低いため、使用コストも高く、使い勝手が悪いことが課題です。そこで、天然型リガンドを代替できるアゴニストVHH抗体の研究を開始しました。実際に線維芽細胞の増殖を維持できる生物活性を有するVHH抗体が得られ、天然型のリガンドFGF2と同様の生物活性を有することを確認しました。(Yonehara R., J Biol, Chem, 2023 feb; 299(2): 102804)。我々の設計コンセプトは、VHHが標的分子を細胞膜上でダイマー化することで、細胞内にシグナルを伝達するという分子メカニズムに基づいて合理的に設計したものです。創薬の観点から、FGF2は肝硬変病変に対して抑制効果があることも世界的には報告されています。さらに、ヒト肝硬変病変から単離された筋線維芽細胞由来(伊東細胞)の細胞株を用いたin vitro細胞培養系では、TGF-bの刺激を加えるとコラーゲンなどの線維が産生されます。ここに我々のアゴニスト抗体(EME008)を加えてみると、繊維の産生が抑制されました。つまり、EME008は抗繊維化作用を有することが確認できました。
次に我々は目線を変えて、がん転移への効果について調べることにしました。がんを取り巻く微小環境にはがん関連線維芽細胞(Cancer associated fibroblast, 以下CAF)と呼ばれる線維を産生する筋線維芽細胞が重要な働きを持っています。ですから、CAFにEME008を作用させたら何が起こるか調べてみました。具体的には、金沢大学の大島正伸教授の研究室で構築されたAKTPマウスを用いたがん転移モデルにおいては、繊維芽細胞が転移に関わっている可能性が示唆されていました。そこでこのAKTPマウスモデルを用いてEME008のがん転移へのin vivo効果を評価してみました。この評価系はAKTPマウスの脾臓にがんを移植して、その後血流性の転移メカニズムで肝臓に転移巣を形成するプロセスを観察するものです。その結果、EME008は肝臓へのがん転移を見事に抑制しました。この転移は、血流性の転移モデルと考えられるので、東京医科歯科大の渡部教授の御研究で報告されていますが、血管内皮や肝類洞に存在している筋線維芽細胞がこのがん転移に関わっていることが推察され、そこにEME008が作用してがん転移を抑制したと考えています。このがんの転移プロセスでは、TGF-bが筋線維芽細胞に作用して、筋線維芽細胞は線維産生などが活発になるなど活性化し、がんの転移に有利働くようにがんの周囲の環境を変化させると考えられますので、このTGF-bの作用を細胞内シグナルのレベルでEME008は抑制作用を示したものと考えています。詳細については今後、学会や論文にて発表させていただきます。
アゴニスト抗体創薬の今後の展望
さて、話を再び先天性疾患に戻します。我々のアゴニスト抗体の創薬の手法は、患者1人ひとりに寄り添った治療を実現できると思います。これら患者さんの遺伝子変異は必ずしも均一では無いので、個人の変異はまちまちです。したがってそれぞれに対して、テーラー・メード的にアゴニスト抗体を準備する必要があります。アゴニストの作成自体はEMEにて実施できますが、大手製薬企業や公的医療機関、あるいはWHOのような国際的医療機関の協力によって、世界中の患者さんのネットワーク形成が可能となり、キメ細かな個別化医療が実現できるのではないかと思います。どのように進めて行ったら実現できるのか、皆で考えたいと願っています。宜しくお願い致します。
医博 土屋 政幸