しばらくコラムを休んでしまったので、この辺で昔話をしてみたい。
振り返ってみるとEMEの基盤技術であるcDNAディスプレイの研究を始めたのは私が埼玉大学で大学院生としてスタートした1992年ごろだから、かれこれ30年ぐらいになるだろうか。
バイオベンチャーにおいては長い基礎研究の積み重ねの結果、起業に至る例が多いように思う。思い付きでできるほど簡単ではないような気がする。 また、コンセプトやアイデアが素晴らしくても事業となると全く別で、そのギャップがとても激しいのがバイオではないだろうか。特に創薬分野は医学、薬学、化学、生物、物理、統計、経済、法律の学際分野で知的集約型産業の最たるものだろう。
cDNAディスプレイはもとはといえば、mRNAディスプレイがベースとなっている。mRNAディスプレイという名称が定着する以前、我々はこれを”In vitro virus”と呼んでいた。これは私の恩師である埼玉大学名誉教授の伏見譲先生のコンセプトで遺伝子型と表現型が直接的に連結した生命進化形態を“ウイルス(virus)”と定義したことに始まる。ウイルスは宿主の名前によって分類することが多い。例えば、植物を宿主とするものは植物ウイルス、動物を宿主とするものは動物ウイルスとなる。そのため、進化工学とツールとして、無細胞翻訳系を用いて試験管内で“ウイルス” を合成できれば、これは試験管(in vitro)が宿主となる。そのため、試験管内で増殖するウイルス型分子ということで“in vitro virus(試験管ウイルス)”と名付けた。1990年、私が伏見先生の研究に興味をもち研究室を訪ねた頃の話である。私はその頃千葉県の高校教諭であったが、そこを辞めて伏見先生の研究室で大学院生として研究することになった。その時、博士論文のテーマとして提案されたのがこの”In vitro virus”であった。私が伏見先生にどのようにin vitro virusを作ればよいか尋ねた時のことを今でも覚えている。伏見先生曰く一言、「それは君が考えるんだよ」。後で知ったことだがこれはどうも日本の生物物理学会の伝統らしい。昨年(2019年)亡くなられた名古屋大学の大沢文夫先生の研究室は「大沢牧場」と呼ばれていたらしい。学生はのびのびと研究に立ち向かえるが自ら悪戦苦闘して研究ゴールにたどり着かなくてはならない。
EMEの研究者もぜひ試行錯誤していろいろ新しいアイデアで実験にチャレンジして欲しいと思う。(隠れ実験大いに結構!)
さて、話は変わるが、現在流行中のコロナウイルスはRNAウイルスで進化が速いと思われる。毒を以て毒を制すではないが、コロナウイルスやインフルエンザウイルスの進化にすぐ追いついて捕まえることができるのは “試験管内ウイルス” を起源に持つEMEのVHH抗体スクリーニングシステムではないかと密かに思っているが、手前味噌であろうか。